浦上 玉堂
うらがみ きょくどう《うらがみ ぎよくだう》
1745(延享 2)
1820(文政 3. 9. 4)
◇江戸後期の南画家。姓は紀、名は弼、字は君輔、通称は
兵右衛門、玉堂琴士と称する。浦上春琴・秋琴の父。
岡山池田藩の支藩備中国鴨方藩士の家に生れる。自由な文人
生活に憧れ、1793(寛政 5)藩を致仕し、2子を伴い琴と絵を楽
しみながら諸国を放浪。
晩年は京都に留まり、岡田米山人・田能村竹田らと親交。
(2)1794(寛政 6)ころ
日本全国の歴史人物、詩人、役者、学者などの有名な方々の名前や簡単な略歴などのデータベース。
うらがみ きょくどう《うらがみ ぎよくだう》
1745(延享 2)
1820(文政 3. 9. 4)
◇江戸後期の南画家。姓は紀、名は弼、字は君輔、通称は
兵右衛門、玉堂琴士と称する。浦上春琴・秋琴の父。
岡山池田藩の支藩備中国鴨方藩士の家に生れる。自由な文人
生活に憧れ、1793(寛政 5)藩を致仕し、2子を伴い琴と絵を楽
しみながら諸国を放浪。
晩年は京都に留まり、岡田米山人・田能村竹田らと親交。
(2)1794(寛政 6)ころ