埋忠 明寿
うめただ みょうじゅ《うめただ みやうじゆ》
1556(弘治 2)
1631(寛永 8. 5.18)
◇桃山〜江戸初期の刀工・鐔工(タンコウ)。氏は橘、名は重吉・
宗吉、通称は彦次郎、法号は鶴峯明寿。埋忠家の祖。
足利義昭・織田信長・豊臣秀吉・豊臣秀次に仕える。
京都西陣に住み、真鍮の鐔(ツバ)に金銀銅などで象嵌(ゾウガン)
を、刀身に彫刻を施した新刀の名刀を作る。
(2)生年は1558(永禄1)。
(4)生年は1556。
(6)生年は1558。
(16)生年は1556(弘治 2)。
◎金家(カネイエ)・信家(ノブイエ)とともに鐔の三作と称せられる。