宇田川 榕庵
うだがわ ようあん《うだがは ようあん》
1798(寛政10)
1846(弘化 3. 6.22)
◇江戸幕末の蘭医。名は榕。美濃国大垣藩医江沢養樹の子、宇
田川榛斎(シンサイ)の養子。飯沼慾斎(ヨクサイ)の子興斎の養父。美作
国津山藩医。
馬場佐十郎に蘭学を学ぶ。江戸参府のシーボルトに西洋学術
について質疑する。1826(文政 9)幕府天文台で蘭書(ショメー
ルの百科全書)を翻訳に参加。シーボルトから譲られた植物書
を独力で判読し、1833(天保 4)『植学啓原』を著す。1837(天
保 8)蘭書に基づいて日本最初の化学書『舎密開宗(セイミカイソウ)』
を著す。
(2)「宇田川榛斎」の項に「大垣藩医の子江沢榕菴を養子とした。」
とある。