宇田川 玄随
うだがわ げんずい《うだがは げんずい》
1755(宝暦 5)
1797(寛政 9.12.18)
◇江戸中期の蘭医。名は晋、字は明卿、号は槐園(カイエン)・東海。
美作国津山藩医宇田川道記の長男。江戸生れ。
玄随が幼少のため弟子潜が養子となり、玄随はその養子とな
る。25歳のとき桂川甫周(カツラガワ・ホシュウ)ついで杉田玄白・前野
良沢(リョウタク)らに蘭方医学を学ぶ。
甫周の勧めでオランダの Jchannes de Gorterの内科書の翻
訳のため白河藩士石井恒右衛門に蘭語を学び、苦心の末、1793
(寛政 5)『西説内科選要』を刊行。
死後、宇田川榛斎(シンサイ)(玄真)が跡を継ぐ。
(2)没年は1797(寛政 9)。
(4)没年は1797。
(6)没年は1797/98。
(16)没日は1797(寛政 9.12.18)。