宇喜多 能家
うきた よしいえ
生年不詳
1534(天文 3)
◇室町後期の武将。通称は和泉守、号は玄仲常玖。宇喜多久家
の子、高秀四世の孫。宇喜田興家の父、直家(ナオイエ)の祖父。
備前守護代浦上則宗・村宗に仕える。守護職赤松義村と主家
浦上氏の争いに活躍し、則宗の信任を得て、備前国砥石城を守
る。
1531(享禄 4)村宗の没後、村宗の子政宗・宗景が争い、宗景
に疎んじられて攻められ、自害。
日本全国の歴史人物、詩人、役者、学者などの有名な方々の名前や簡単な略歴などのデータベース。
うきた よしいえ
生年不詳
1534(天文 3)
◇室町後期の武将。通称は和泉守、号は玄仲常玖。宇喜多久家
の子、高秀四世の孫。宇喜田興家の父、直家(ナオイエ)の祖父。
備前守護代浦上則宗・村宗に仕える。守護職赤松義村と主家
浦上氏の争いに活躍し、則宗の信任を得て、備前国砥石城を守
る。
1531(享禄 4)村宗の没後、村宗の子政宗・宗景が争い、宗景
に疎んじられて攻められ、自害。