浮田 一(「艸」冠+「惠」:補助5740)
うきた いっけい
1795(寛政 7)
1859(安政 6)
◇江戸末期の画家。「宇喜多」とも。名は公信のち可為、通称は
内蔵允。京都の人。秀家七世の孫。
古土佐風の絵を田中訥言(トツゲン)に学ぶ。
1853(嘉永 6)ペリー来航の際、『神風夷艦を覆す図』を描き、
幕府を批判。尊攘派志士としてしばしば朝廷に献策、1858(安
政 5)安政の大獄で子の可成とともに捕われ、出獄後まもなく
死去。
『婚怪草紙』では和宮(カズノミヤ)降嫁を狐の嫁入りに託して風
刺。