上杉 斉憲
うえすぎ なりのり
1820(文政 3)
1889(明治22)
◇江戸幕末・明治維新期の大名。幼名は鶴千代・喜平次のち斉
定、諱は斉憲、通称は弾正大弼、号は曦山。上杉斉定(ナリサダ)
の子、茂憲(モチノリ)の父。
1827(文政10)米沢藩主。1853(嘉永 6)洋式精練法により大砲
を鋳造。1857(安政 4)洋式小銃を採用、藩兵に洋式操練を行う。
1863(文久 3.10.)上洛し京都の警護に当る。
1868(慶応 4. 5.)会津藩とともに奥羽越列藩同盟の中心とな
るが、脱落が続き明治政府に降伏。官位・所領を奪われ、茂憲
に家督を譲り隠居。