上杉 朝興
うえすぎ ともおき《うへすぎ ともおき》
1488(長享 2)
1537(天文 6)
◇戦国時代の武将。別名は大庭五郎、通称は修理大夫。上杉朝
憲の子、朝定(トモサダ)の父、扇谷(オウギガヤツ)上杉朝良(トモヨシ)の
養嗣子。
武蔵国江戸・河越城主を継ぐ。1512(永正 9. 8.)北条早雲(ソ
ウウン)と戦って籠城した三浦義同(ヨシアツ)を救援して早雲と戦い、
1516(永正13. 7.)義同・義意(ヨシオキ)父子が三浦半島の新井城に
討たれて、義同一族が自殺して敗退。1524(大永 4)北条氏綱と
品川で戦って敗れ、江戸城を奪われて河越城に退く。1530(享
禄 3)氏綱・氏康父子と多摩川に戦い敗退。その後も江戸城を
回復しようとするが果たさず、河越の陣中で没する。