上杉 定正(上杉 定政)
うえすぎ さだまさ《うへすぎ さだまさ》
1443(嘉吉 3)
1493(明応 2.10. 5)
◇室町中期の武将。扇谷(オウギガヤツ)家の第6代当主。名は定政
とも、通称は修理大夫。扇谷上杉持朝(モチトモ)の3子。
父の弟で父の養嗣子でもある上杉顕房(アキフサ)の子、1473(文
明 5)真政が敗死し、迎えられて家督を継ぐ。
初め扇谷家の執事太田道灌(ドウカン)(持資)の補佐を得て兵威
をふるう。のち扇谷上杉家の勢力増大を恐れた山内上杉顕定方
の讒言(ザンゲン)により、1486(文明18)相摸国大住郡糟谷で道灌
を殺し、勢いが衰える。北条早雲(ソウウン)と結び顕定と対抗。
1493(明応 2)高見原の陣中で病没。
(2)生年は1443(嘉吉 3)。
(4)生年は1442。
(16)生年は1443(嘉吉 3)。