上杉 清子
うえすぎ きよこ
生年不詳
1342
◇南北朝時代、足利尊氏(タカウジ)・足利直義(タダヨシ)の母。将軍
家の母として足利大方殿と称せられる。上杉頼重の娘、[1]上
杉憲房の妹、上杉重房(シゲフサ)の孫、足利貞氏の妻。
従二位で没し、北朝は清子の喪により文殿庭中を停止する。
清子が将軍家の母となることにより、上杉氏は足利氏の姻戚
として鎌倉幕府に勢力を持つにいたる。
(*)1342(<南>興国 3
日本全国の歴史人物、詩人、役者、学者などの有名な方々の名前や簡単な略歴などのデータベース。
うえすぎ きよこ
生年不詳
1342
◇南北朝時代、足利尊氏(タカウジ)・足利直義(タダヨシ)の母。将軍
家の母として足利大方殿と称せられる。上杉頼重の娘、[1]上
杉憲房の妹、上杉重房(シゲフサ)の孫、足利貞氏の妻。
従二位で没し、北朝は清子の喪により文殿庭中を停止する。
清子が将軍家の母となることにより、上杉氏は足利氏の姻戚
として鎌倉幕府に勢力を持つにいたる。
(*)1342(<南>興国 3