井原 西鶴
いはら さいかく《ゐはら さいかく》
1642(寛永19)
1693(元禄 6. 8.10)
◇江戸前期の俳諧師・浮世草子作者。本名は平山藤五、別号は
鶴永・四千翁・二万翁・二万堂・西鵬(サイホウ)。軒号は松風軒の
ち松寿軒。オランダ西鶴と異名される。大坂の町人の家に生れ
る。
はじめ松永貞徳(テイトク)を祖とする貞門派に入り、鶴永と号す
る。31歳の時、西山宗因(ソウイン)の談林派に転じ、宗因の別号西
翁(サイオウ)から一字をもらい西鶴と号し、俳人として活躍。俳諧
を多作する「矢数(ヤカズ)俳諧」を始める。
1675(延宝 3. 4. 3)妻が25歳でなくなり3人の子が残される。
1681年、『難波の皃(カオ)は伊勢の白粉』を出版。1682(天和
2)『好色一代男』など、浮世草子を勢力的に出版。
1684年、住吉神社で矢数俳諧を興行して23