伊藤 六郎兵衛
いとう ろくろうべえ
1829(文政12. 7.15)
1894. 3.30(明治27)
◇明治前期の宗教家(丸山教)。武蔵稲田登戸の地主。
24歳の時、伊藤家の養子となる。
富士信仰に独自の解釈を加えた丸山教を1873(明治 6)開教。
「登戸の生き神行者」と呼ばれたが、呪術的治病・祈祷のため禁
圧を受け苦境に陥る。1875(明治 8)宍野半(シシノ・ナカバ)の勧めで
富士一山講社と合同して扶桑教(フソウキョウ)を形成。1884(明治17)
宍野の死後に扶桑教を離脱し、1885(明治18)神道本局に所属。
(26)武蔵(ムサシ)国橘樹(タチバナ)郡登戸村(現、川崎市多摩区)に清
宮源六の次男として生まれた。