伊藤 左千夫
いとう さちお《いとう さちを》
1864. 9.18(元治元. 8.18)
1913. 7.30(大正 2)
◇歌人・小説家。本名は幸次郎、号は春園・無一塵庵(ムイチジンア
ン)主人・四壁道人・夾竹桃書屋主人(キョウチクトウショオクシュジン)・楽叟
・唯真閣主人・馬酔木山人・茅堂。上総国武射(ムシャ)郡成東(ナル
トウ)生れ。
1900(明治33)正岡子規に師事。子規の没後、根岸短歌会の機
関誌「馬酔木(アシビ)」・「アララギ」などを発刊。
脳溢血により亀戸(カメイド)の自宅で死去。
小説『野菊の墓』が有名。
(2)本名幸次郎。
(3)唯真閣主人。
(5)唯心閣主人。
(8)出生時の戸籍は幸次郎であったが、養子縁組みした川島家
から復籍したさいに幸治郎と変わっている。ほかに幸二郎・孝
次郎・孝二郎・幸郎とも書いた。
別号は機関誌「馬酔木」にあしび山人・阿志微・茅堂・楽尊・
楽叟・無一塵庵主人・無一塵・無一庵主人・塵無・無庵・四壁
道人・四壁居・死癖道人・四碧生・釜持。
「馬酔木」以外は茅のや楽人・謀堂・天童・黒天童・黒天・楽
焼道人・能牟古山人・ノンコ・阿坐化理朝臣巨口(アザケリノアサミオホ
クチ)。
文学事典などに示される「唯真閣主人」「夾竹桃書屋主人」は、
主人を付した書名の例は見当たらないようである。
(11)唯心閣主人。
(13)別号は正岡子規に師事する前に春園(「はるその」後に「しゅ
んえん」)、また茶の湯を愛し無一塵庵主人、唯真閣主人、四壁
道人等を用いた。……千葉県山武郡成東町殿台の農家伊藤良作
の四男として生まれ、……。
◆左千夫忌[ 7.30]。
◎門下は島木赤彦、斎藤茂吉ら。