和気 清麻呂
わけのきよまろ
733(天平 5)
799(延暦18. 8.21)
◇奈良末期・平安初期の政治家。旧姓は磐梨別公、のち藤野別
(和気)真人。備前国藤野郡の人。乎麻呂の子、広虫(ヒロムシ)の弟、
広世(ヒロヨ)・真綱(マツナ)の父。
764(天平宝字 8. 9.11)孝謙上皇の寵愛を受ける道鏡を除こ
うとした藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱で、功を立てて藤野和気真
人の姓を賜る。 767年、輔治能真人の姓を賜り、因幡員外介。
769(神護景雲 3)道鏡が宇佐八幡の神託と称して皇位を窺っ
たとき、藤原氏の勢力を背景に勅使として再度宇佐八幡の神託
を受けてこれを退けたため、道鏡の怒りを買い、名を別部穢麻
呂(ワケベノキタナマロ)と改め大隅に流される。
上皇が崩御して道鏡が失脚の後、 770年召還され光仁・桓武
天皇に仕え信任を得る。 774(宝亀 5)朝臣の姓を賜る。平安遷
都に尽力、従三位に昇進。
京都の護王(ゴオウ)神社に祀られる。
(*) 767(天平神護 3