淀君
よどぎみ
1567(永禄10)
1615
◇安土桃山時代、豊臣秀吉の側室。別称は淀殿(ヨドドノ)、通称
は茶茶(チャチャ)。父は浅井長政(ナガマサ)、母は織田信長の妹お市
の方。乳母は大蔵卿局(オオクラキョウノツボネ)で大野修理治長(シュウリ・ハル
ナガ)とは乳兄妹。
浅井氏滅亡ののち母が再婚した柴田勝家に養われ、柴田氏滅
亡後は秀吉の側室となる。初め山城の淀城に住み、長男鶴松を
生むが3歳で死亡。1593(文禄 2)秀頼(ヒデヨリ)を生んでからは
伏見城に移る。
秀吉の死後、秀頼を擁して大坂城に在り、徳川家康に対抗し
たが大坂の陣(1614〜1615)で敗れ、落城の際(夏の陣)、城中で
秀頼とともに自刃。
(*)1615(慶長20