吉田 兼定
よしだ かねさだ
1675(延宝 3)
1703(元禄16. 2. 4)
◇江戸中期の赤穂浪士。部屋住。通称は沢右衛門サワエモン)、戒名
は刃当掛剣信士、吉良家の探索中の変名は田口左平太(サヘイタ)。
父は吉田忠左衛門(チュウザエモン)兼亮(カネスケ)。
吉良家討ち入りでは表門隊。毛利(モウリ)甲斐守の麻布(アザブ)
屋敷に預けられ、翌年、進藤為右衛門(シンドウ・タメエモン)の介錯(カイ
シャク)で切腹。
日本全国の歴史人物、詩人、役者、学者などの有名な方々の名前や簡単な略歴などのデータベース。
よしだ かねさだ
1675(延宝 3)
1703(元禄16. 2. 4)
◇江戸中期の赤穂浪士。部屋住。通称は沢右衛門サワエモン)、戒名
は刃当掛剣信士、吉良家の探索中の変名は田口左平太(サヘイタ)。
父は吉田忠左衛門(チュウザエモン)兼亮(カネスケ)。
吉良家討ち入りでは表門隊。毛利(モウリ)甲斐守の麻布(アザブ)
屋敷に預けられ、翌年、進藤為右衛門(シンドウ・タメエモン)の介錯(カイ
シャク)で切腹。