与謝野 鉄幹(與謝野 鐵幹)
よさの てっかん
1873. 2.26(明治 6)
1935. 3.26(昭和10)
◇明治〜昭和初期の歌人・詩人。本名は寛(ヒロシ)、初号は霊美
玉廼舎(クシミタマノヤ)主人・桜暾山人・鉄雪道人、鉄幹の号は1905
(明治38)に廃した、法号は礼譲。京都岡崎村生れ。与謝野礼厳
(レイゴン)の4男、与謝野晶子(アキコ)の夫、秀(シゲル)の父。
落合直文(ナオブミ)に師事。
浅香社・1899(明治32)東京新詩社を起し、1900(明治33)雑誌
「明星」を発刊。
教え子の林滝野と同棲し一児萃(アツム)を儲けたが、1901(明治
34)秋、滝野と離別し、与謝野晶子(鳳晶<ホウ・ショウ>)と結婚。
代表作は詩歌集『東西南北』・『天地玄黄』・『紫』、歌集
『相聞(アイギコエ)』など。
◎滝野は正富汪洋(マサトミ・オウヨウ)と結婚した。