山名 宗全
やまな そうぜん
1404(応永11)
1473(文明 5)
◇室町中期の武将。名は持豊(モチトヨ)、法名は宗全。時煕の子、
教豊の父。
1435(永享 7)山名氏惣領の地位に立つ。1441(嘉吉元)将軍足
利義教を殺害した赤松満祐(ミツスケ)を討ち(嘉吉<カキツ>の乱)、そ
の功で播磨(ハリマ)・石見(イワミ)を与えられ、幕府侍所所司。持豊
の但馬(タジマ)・備後(ビンゴ)・因幡(イナバ)・伯耆(ホウキ)・播磨・
石見に加え、一族の教清の美作(ミマサカ)、教之の備前(ビゼン)を
得て、山名家は八ヶ国の守護職を併せ、1391(<南>元中 8