山田 検校
やまだ けんきょう《やまだ けんげう》
1757(宝暦 7)
1817(文化14)
◇江戸中期の箏曲家・山田流箏曲の始祖。前姓は三田氏、都名
(イチナ)は斗養一(トヨイチ)。江戸の人。
幼少で失明し、医師山田松黒(ショウコク)に師事して生田流を学
ぶ。のち上方の箏曲を江戸の気風に合うよう河東節など江戸浄
瑠璃の曲風を摂取して新流をひらく。
作品は『初音の曲』・『小督(コゴウ)の曲』・『熊野(ユヤ)』・
『長恨歌の曲』・『葵の上』など。
日本全国の歴史人物、詩人、役者、学者などの有名な方々の名前や簡単な略歴などのデータベース。
やまだ けんきょう《やまだ けんげう》
1757(宝暦 7)
1817(文化14)
◇江戸中期の箏曲家・山田流箏曲の始祖。前姓は三田氏、都名
(イチナ)は斗養一(トヨイチ)。江戸の人。
幼少で失明し、医師山田松黒(ショウコク)に師事して生田流を学
ぶ。のち上方の箏曲を江戸の気風に合うよう河東節など江戸浄
瑠璃の曲風を摂取して新流をひらく。
作品は『初音の曲』・『小督(コゴウ)の曲』・『熊野(ユヤ)』・
『長恨歌の曲』・『葵の上』など。