山崎 宗鑑
やまざき そうかん
1465(寛正 6)
1553(天文22)
◇室町後期の連歌師・俳人。本名は支那範重(シナ・ノリシゲ)、通称
は弥三郎。近江の人。
武士の出で足利義尚(ヨシヒサ)(第九代将軍)に仕える。
一休宗純に参禅し、宗祇・宗長らと交友。
のち出家して京都山崎に隠棲(インセイ)し、山崎の宗鑑と称され
る。
『新撰犬筑波集』の選者といわれる。
辞世の句は「宗鑑はいづこへと人の問ふならば/ちとようあ
りてあの世へといへ」。
(2)1465〜1553(寛正 6〜天文22)。
(4)(―〜1540頃)。
(5)没年は1540(天文 9)頃。
(6)?〜1552ころ。
(19)(―〜1540頃)。
◆宗鑑忌[旧暦10. 2]。
◎荒木田守武とともに俳諧の祖といわれる。