柳生 宗厳
やぎゅう むねよし《やぎふ むねよし》
1527(大永 7)
1606(慶長11. 4.19)
◇戦国時代の剣術家。初名は新介あるいは新次郎のち新左衛門、
通称は但馬守、号は石舟斎。美作守家厳の長男、宗矩(ムネノリ)の
父。柳生新陰流剣術の始祖。
上泉秀綱(カミイズミ・ヒデツナ)に神陰流を学ぶ。筒井順慶(ジュンケイ)
さらに三好長慶(ミヨシ・ナガヨシ)の家臣となる。新陰流を完成し、
足利義昭(ヨシアキ)・織田信長に招かれ、信長の大和進出の案内役
となる。病により柳生村に隠棲。豊臣秀吉の太閤検地の際、隠
田を密告され所領を没収される。
1594(文禄 3)徳川家康に仕え、1600(慶長 5)関ヶ原の戦には
子宗矩を従軍させ、のち旧領柳生に500石を与えられる。
(2)新陰流の剣術を完成し……。
(4)新陰流剣道の祖。
(6)上泉秀綱に神陰流を学んで奥義をきわめ,新影流をはじめ
た。
(16)上泉秀綱に新陰流の剣道を学び…….