最上 徳内
もがみ とくない
1754(宝暦 4)
1836(天保 7)
◇江戸時代の探検家。出羽国村山郡楯岡村(現:山形県村山市)
の農家の生れ。
貧しかったため独学で読み書きソロバンを習得。26歳で江戸
に出て働きながら、本多利明に天文学と測量を学ぶ。
1786(天明 6)得撫(ウルップ)島を探検。
1792(寛政 4)サハリン(樺太)に渡る。1798(寛政10)6回目の
探検で択捉に「大日本恵土呂府」の標柱を建てる。58歳まで蝦夷
地で任務に当たる。晩年は江戸八王子。
著書は『蝦夷草紙』。
◎郷里の村山市に最上徳内記念館がある。