明治 天皇
めいじ てんのう《めいぢ てんわう》
1852.11. 3(嘉永 5. 9.22)
1912. 7.30(明治45)
◇第122代天皇。名は睦仁(ムツヒト)、幼名は祐宮(サチノミヤ)。孝明天
皇の第2子、母は中山忠能(タダヤス)の長女典侍中山慶子(ヨシコ)。
皇后は美子(ハルコ)(天皇より2歳年長)。稚瑞照彦尊(ワカミズテルヒコノ
ミコト)(第1皇子)・大正天皇(母は柳原光愛の娘愛子)の父。
1867(慶応 3. 1. 9)即位(践祚)。同年10月将軍慶喜の大政奉
還を受け、12月王政復古の大号令を発する。
1868(慶応 4. 1.)元服し、3月『五ヶ条誓文』を発布、9月
明治と改元。1869(明治 2)江戸を東京と改め、旧江戸城を皇居
とする。
1873(明治 6)結髪をやめ断髪する。
◆墓は京都市伏見区桃山町古城山の伏見桃山陵。
◎持病の腎炎が悪化し、1912. 7.29(明治45)22:43に崩御した
が、公式には30日 0:43崩御と発表された。
◎1912. 9.13(大正元)明治天皇の大葬当日、乃木希典(ノギ・マレス
ケ)が赤坂の自宅で妻静子ととも殉死。
◎誕生日の11月3日は、1927(昭和 2)明治節と定められ、現在
は文化の日となっている。