旻
みん
生年不詳
653(白雉 4. 6.)
◇飛鳥時代の百済(クダラ)系の学僧・大化の改新の政治顧問。
日文・新漢人旻(イマキノアヤヒトミン)。
608(推古16)小野妹子(オノノイモコ)に従い隋に留学、仏教・易学
を学び、 632(舒明 4)帰朝。
中臣鎌足(ナカトミノカマタリ)(藤原鎌足)らに周易の講義する。
645(大化元)大化の改新の際、高向玄理(タカムコノクロマロ)と共に
国博士に任命され、八省百官の制など改新政府の政策を立案。
孝徳天皇の信任を受け、 653(白雉 4)病に臥したとき天皇が
見舞い、旻が死去してから多くの仏像を造り大和の川原寺(カワラ
デラ)(弘福寺)に安置した。