三宅 寄斎
みやけ きさい
1580(天正 8)
1649(慶安 2. 6.18)
◇江戸初期の儒学者(朱子学)。名は島、字は亡羊、号・通称は
寄斎。和泉堺の人。児島高徳の子孫、父は豊臣秀吉に仕えた堺
の五奉行の一人という。
11歳で父を失い、19歳で伏見・京都に出て、大徳寺に寄寓し
独学で名をあげる。
石田三成に招かれるが応じなかった。
後陽成天皇・後水尾天皇の寵遇を受け、書を講じる。
著書は『寄斎文集』。
日本全国の歴史人物、詩人、役者、学者などの有名な方々の名前や簡単な略歴などのデータベース。
みやけ きさい
1580(天正 8)
1649(慶安 2. 6.18)
◇江戸初期の儒学者(朱子学)。名は島、字は亡羊、号・通称は
寄斎。和泉堺の人。児島高徳の子孫、父は豊臣秀吉に仕えた堺
の五奉行の一人という。
11歳で父を失い、19歳で伏見・京都に出て、大徳寺に寄寓し
独学で名をあげる。
石田三成に招かれるが応じなかった。
後陽成天皇・後水尾天皇の寵遇を受け、書を講じる。
著書は『寄斎文集』。