源 義家
みなもとのよしいえ《みなもとのよしいへ》
1039(長暦 3)
1106(嘉承元. 7.)
◇平安後期の武将。幼名は源太、通称は八幡太郎。頼義の長男。
前九年の役で父とともに陸奥の阿倍貞任を討ち、功労により
従五位下出羽守に任ぜられ、1038(長暦 2)陸奥守兼鎮守府将軍
となる。後三年の役を鎮定したが、朝廷はこれを私闘とみなし
功賞を行わなかったため、義家は私財をもって将士をねぎらい、
東国に源氏の基礎を築く。
諸国の百姓が競って田畑を寄進し、1091(寛治 5)朝廷はそれ
を禁止するほどであった。
(4)生年は1041(長久 2)、没年は1108。
(6)生年は1039(長暦 3)、没年は1106。
(*)1108(嘉承 3