三富 朽葉
みとみ きゅうよう
1889. 8.14(明治22)
1917. 8. 2(大正 6)
◇詩人。本名は義臣(ヨシオミ)、朽葉は「くちは」とも。長崎県壱岐
郡武生水村生れ。父道臣は石田郡長、母はマツ、長男。
1896. 4.(明治29)伯父三富浄の養嗣子となるが、実父母と上
京。2・3の転校を経て、1902. 4.(明治35)富士見小学校高等
科2学年を終業。暁星中学校を経て、1907. 9.(明治40)早稲田
大学高等予科文学科に入学、1908. 9.(明治41)本科英文科第一
部に進学、1911. 7.(明治44)早稲田大学英文科卒業。
犬吠崎(イヌボウザキ)君ヶ浜で遊泳中、友人今井白楊が溺れかかっ
たのを救おうとして共に溺死。のちに実父が「涙痕(ルイコン)の碑」
を建てた。
(5)三富 朽葉(みとみ きゅうよう