丸橋 忠弥
まるばし ちゅうや
生年不詳
1651(慶安 4. 8.23)
◇江戸前期の浪人。幼名は吉十郎、元服して盛澄(モリズミ)。
宝蔵院流槍術の奥義をきわめ、江戸御茶の水で道場を開き弟
子を集める。
1651(慶安 4. 4.20)第3代将軍徳川家光の喪に乗じる由井正
雪(ユイ・ショウセツ)の乱(慶安の乱)に参加したが、御弓師藤四郎が訴
え出て露顕、町奉行石谷貞清(イシガヤ・サダキヨ)・神尾(カンオ)元勝ら
に捕えられ、鈴ヶ森で磔刑にされる。
◆墓は東京都豊島区高田二丁目の目白不動金乗院。
(2)土佐(母の故郷出羽国最上)。
(4)出羽の人。
(6)出羽の人。
(16)出羽国山形の人。
◎計画では由井正雪は駿府で蜂起。丸橋らは江戸小石川の幕府
火薬庫を爆破して大火を起こし、第4代将軍家綱を捕らえ城を
占拠する予定であった。
◎鈴ヶ森の処刑場はできたばかりで、丸橋が第1号の処刑者と
なった。