松永 久秀
まつなが ひさひで
1510(永正 7)
1577(天正 5.10.10)
◇室町末期(戦国時代)の武将。通称は弾正少弼。阿波(現:徳島
県)の人。
三好長慶(ナガヨシ)に仕え、筒井順慶(ジュンケイ)を追って大和国
(奈良県)信貴山(シギサン)に多聞城を築き本拠として活躍。
長慶の死後に長慶の子義興を毒殺して主家を滅ぼし、権勢の
座につく。1565(永禄 8)将軍足利義輝を自害させる。1567(永
禄10)筒井順慶・三好三人衆と奈良に戦って東大寺大仏殿を焼
き、畿内を支配。
1568(永禄11)入京した織田信長に降伏するが、のち1571(元
亀 2)信貴山に叛き、一度帰順。1577(天正 5)再び信長に背き、
明智光秀・筒井順慶らにより信貴山城で敗死。
◎三好長慶とともに下剋上の典型的人物とされる。