松平 慶永
まつだいら よしなが《まつだひら よしなが》
1828(文政11. 9. 2)
1890. 6. 2(明治23)
◇江戸幕末の福井藩主。号は春嶽(シュンガク)・礫川。徳川三卿の
田安斉匡(ナリマサ)の8男、尾張第13代藩主徳川慶臧の兄弟。江戸
城内で生れる。
1838(天保 9)福井藩松平家の養子となり、第16代藩主となる。
日米修好条約の調印に反対、将軍継嗣問題では家臣橋本左内
らと一橋慶喜(ヨシノブ)を擁立、大老井伊直弼(イイ・ナオスケ)と意見を
異にして、安政の大獄で隠居・幽閉を命ぜられる。
のち1860(安政 7. 3. 3)直弼の死後に赦免され、1862(文久
2)政事総裁職につき、第14代将軍家茂(イエモチ)後見役の慶喜と
ともに幕政改革を推進。1863(文久 3)朝廷の参与に、1864(元
治元)京都守護職になり、朝廷と幕府の間をとりもつ。
1867(慶応 3)山内豊信らと第15代将軍慶喜に大政奉還を進言。
1867(慶応 3.10.14)大政奉還の際、12.10朝廷の使いとして徳
川慶勝(ヨシカツ)とともに慶喜の二條城に乗り込み、将軍職・内大
臣・正二位の返上と全ての幕府領地の返納を伝える。
明治政府の議定・民部卿・大蔵卿を歴任。1870(明治 3)一切
の職から退く。
◆墓は東京都品川区の海晏寺後丘。