松平 定信
まつだいら さだのぶ《まつだひら さだのぶ》
1758(宝暦 8.12.26)
1829(文政12. 5.13)
◇江戸中期の白河藩主。幼名は賢丸、号は楽翁・花月翁、白河
楽翁と呼ばれる。田安宗武(タヤス・ムネタケ)の3男、徳川吉宗(ヨシムネ)
の孫。
陸奥国白河藩主松平定邦(サダクニ)の養子となり、1783(天明 3)
家督を継ぎ天明の飢饉のなか窮民を救済。
1787(天明 7. 6.)老中首座になると田沼意次(オキツグ)を退け、
「寛政の改革」を断行。
光格天皇の父典仁親王に太上天皇の称号を贈ることに反対し
(尊号事件)、これが原因で1829(文政12)老中職を辞任。
◎秋田藩主佐竹義和(ヨシマサ)・米沢藩主上杉治憲(ハルノリ)とともに
江戸時代の名君といわれる。