前田 利家
まえだ としいえ《まへだ としいへ》
1538(天文 7.12.25)
1599(慶長 4. 3. 3)
◇安土桃山時代の武将、五大老の一人、加賀藩主前田家の祖。
幼名は犬千代のち孫四郎・又左衛門(マタザエモン)、通称は羽柴筑
前守・中将・加賀大納言。法号は高徳院。尾張国海東郡荒子
(現:愛知県名古屋市中川区)の武士前田利昌の4男。正室は高
畠氏芳春院(まつ)。前田利長(トシナガ)・利政(トシマサ)・利常(トシツネ)
・利孝(トシタカ)の父。
幼少より織田信長に仕える。
1558(永禄元)まつを娶(メト)る。
1560(永禄 3)桶狭間(オケハザマ)の戦に出陣。
1569(永禄12)家督を相続。
1575(天正 3)長篠(ナガシノ)の戦に功をたて、越前国府中(現:
福井県武生市)に3万3千石を領す。
1581(天正 9)能登に入国、翌1582(天正10)所口(現:石川県七
尾市)に築城。
1583(天正11)賎ヶ岳(シズガタニ)の戦いでは始め柴田勝家につ
いたが、のち羽柴(豊臣)秀吉と和を結び、金沢に封ぜられ尾山
城(金沢城)に拠り北陸を平定。
1597(慶長 2)大納言となる。
1598(慶長 3)家督を利長に譲る。
秀吉没後は五大老の一人として豊臣秀頼を補佐し、徳川家康
と並び大事を決する。
翌1599(慶長 4)没する。