堀部 金丸
ほりべ あきざね
1627(寛永 4)
1703(元禄16. 2. 4)
◇江戸中期の赤穂浪士(最年長)。赤穂藩士、江戸留守居役。通
称は弥兵衛(ヤヘエ)、戒名は刃毛知剣信士。堀部安兵衛(ヤスベエ)武
庸(タケツネ)の養父。妻は「わか」、娘は「おほり」。浅野長直(ナガナオ)
・長友(ナガトモ)・長矩(ナガノリ)の三代に仕える。
吉良家討ち入りでは表門隊。江戸高輪の細川家に預けられ、
翌年、米良市右衛門(メラ・イチエモン)の介錯(カイシャク)で切腹。
(2)浅野長直に仕えて300石,浅野長矩のとき江戸留守居と
なる。中山安兵衛を養子として隠居,隠居料20石。
(+)『忠臣蔵銘々伝◆物語と史蹟をたずねて』成美堂出版昭和56年11月 1日初版発行監修:尾崎秀樹昭和57年 1月10日四刷発行
三百二十石。