法然
ほうねん《ほふねん》
1133(長承 2)
1212(建暦 2. 1.25)
◇鎌倉前期の僧。浄土宗の開祖。諱(イミナ)は源空(ゲンクウ)、勅諡
(チョクシ)は円光大師、法然房源空・黒谷上人(クロダニショウニン)とも。
美作(ミマサカ)国久米郡南条稲岡庄(岡山県久米郡久米南町)の豪族
漆間時国の子。
9歳の時、稲岡庄の預所明石定明との私闘で父が殺され、一
家は没落する。
1145(天養 2)比叡山の源光に天台を学び、1147(久安 3)出家。
僧兵が集団をつくり争うなどに疑問を感じ、1150(久安 6)西塔
黒谷の叡空の許に隠棲、法然房源空と称する。ここで唐の善導
の『観経疏』により、ひたすら南無阿弥陀仏(ナムアミダブツ)を唱
える専修念仏(センジュネンブツ)を悟る。
比叡山を下り、東山吉水に草庵を結ぶ。末法到来の危機意識
の中で専修念仏の信者は増大し、行法を重んじる天台・真言と
対立、南都北嶺の迫害を受ける。大原勝林院に南都北嶺の僧
(天台の顕真ら)と会して法門を論じる(大原談義)。
女官の出家を契機に1207(承元元)俗名を付されて讃岐へ配流
され(承元法難)、同年免されるが入京は許されず、1211(建暦
元.11.)帰洛。
◆法然忌御忌[旧暦 1.25]。後柏原天皇の勅命で始まったので
御忌(ギョキ)と呼ばれる。
[ 4.11〜 4.15]東京の大本山増上寺で法要。智恩院と日付をず
らしている。
[ 4.19〜 4.25]京都の総本山智恩院で法要。墓がある。
(4)讃岐に流されたが、……。東山吉水(ヨシミズ)に草庵を結んだ。
(6)1147年比叡山で源光の門に入り,……。のち,東山の吉水
に草庵を結び,……。土佐(実は讃岐<サヌキ>)に配流された。
(17)天養二年(一一四五)に比叡山に登り源光の弟子となる。二
年後に出家した。京都東山の大谷の草庵に住み、……。土佐に
配流された。
「親鸞」の項。源空は土佐(実は讃岐)へ、親鸞は越後へ……。