北条 綱成
ほうじょう つなしげ《ほうでう つなしげ》
1515(永正12)
1587(天正15)
◇戦国時代の武将・武蔵川越城主のち相摸玉縄城主。幼名は勝
千代のち孫九郎・福島綱成、法名は道感。今川家家臣の遠江土
方城主福島正成の子、北条為昌の養子、妻は北条氏綱の娘。北
条氏繁(ウジシゲ)の父。
7歳の時に父が甲斐で討死にし、御北条氏を頼る。
北条氏綱の娘を娶り、北条氏を名乗る。
相模国甘縄城主のち武蔵国河越城主。
1546(天文15)上杉朝定(トモサダ)・上杉憲政(ノリマサ)(関東管領)・
足利晴氏(ハルウジ)(古河公方)らの大軍に包囲(河越の戦)される
が耐えて、翌年北条氏康の援軍を得て破る。