北条 重時
ほうじょう しげとき《ほうでう しげとき》
1198(建久 9)
1261
◇鎌倉中期の武将。通称は極楽寺殿、法名は観覚。義時の3男、
母は比企藤内朝宗の娘、泰時・朝時の弟、政村・実泰の兄、
長時の父。
兄泰時を補佐して幕府の要職を歴任。
1230(寛喜 2)六波羅探題として上洛。
1247年、三浦氏の乱の後、執権時頼に招かれて鎌倉に帰り連
署となる。
極楽寺を創設。
藤原定家と親しく、和歌にも長じていた。
(*)1247(寛元 5
日本全国の歴史人物、詩人、役者、学者などの有名な方々の名前や簡単な略歴などのデータベース。
ほうじょう しげとき《ほうでう しげとき》
1198(建久 9)
1261
◇鎌倉中期の武将。通称は極楽寺殿、法名は観覚。義時の3男、
母は比企藤内朝宗の娘、泰時・朝時の弟、政村・実泰の兄、
長時の父。
兄泰時を補佐して幕府の要職を歴任。
1230(寛喜 2)六波羅探題として上洛。
1247年、三浦氏の乱の後、執権時頼に招かれて鎌倉に帰り連
署となる。
極楽寺を創設。
藤原定家と親しく、和歌にも長じていた。
(*)1247(寛元 5