北条 顕時
ほうじょう あきとき《ほうでう あきとき》
1248(宝治 2)
1301(正安 3. 3.28)
◇鎌倉後期の武将。金沢(カネザワ)氏を称し金沢顕時とも呼ぶ。
通称は越路四郎時方、法名は慧日。実時(サネトキ)の子、実政(サネマ
サ)の兄弟。
1257年、元服し越路四郎時方と称する。
引付衆・1278年評定衆・1280(弘安 3)越後守・1281(弘安 4)
引付頭人を歴任。1285(弘安 8)安達泰盛の霜月騒動に連坐し下
総に移されるが、1293年に召還。
学を好み、清原教隆・僧大休正念について儒学・禅を学ぶ。
父実時の志を継ぎ書籍を蒐集・書写し金沢文庫を隆盛にする。
(*)1257(康元 2