古田 織部
ふるた おりべ
1543(天文12)
1615(慶長20. 6.11)
◇安土桃山・江戸初期の大名・茶人(茶道織部流の祖)。名は
重然(シゲナリ)、通称は左介(サスケ)、号は印斎・織部正(オリベノカミ)。
美濃の人。
初め織田信長に仕え、のち勘阿弥と称して豊臣秀吉に仕え、
京都付近の西岡に3万5千石を与えられ、同朋(ドウボウ)となる。
千利休の高弟で、利休の死後一派をなす。秀吉の死後隠居し
て茶道三昧の生活に入り、茶匠としての名声があがる。
関ヶ原の戦では徳川方に属し功をあげて大名に復した。徳川
家の茶道師範と称され、徳川秀忠はじめ諸大名に点茶を伝授。
陶芸では織部焼の名を後世に残す。
大坂夏の陣で豊臣方に内通したとの疑いを受け、自刃を命ぜ
られた。
『茶事百ヶ条』を著す。
(4)生年は1543。
(6)生年は1544。
(16)生年は1543。
(19)生年は1543。
◎千利休の高弟七哲人の一人。
本阿弥光悦(コウエツ)・小堀遠州(エンシュウ)らの師。