藤原 百川
ふじわらのももかわ《ふぢはらのももかは》
732(天平 4)
779(宝亀10)
◇奈良時代の廷臣。初名は雄田麻呂。藤原式家宇合(ウマカイ)の第
8子、広嗣(ヒロツグ)の弟。
770年称徳天皇の没後、道鏡(ドウキョウ)排斥運動を進め、吉備
真備(キビノマキビ)の反対を抑えて道鏡を追放し、北家の藤原永手
(ナガテ)らとともに光仁天皇を擁立。
773(宝亀 4)山部親王(桓武天皇)を皇太子に立てる。
藤原一族の勢力回復に貢献。
(*) 770(神護景雲 4
日本全国の歴史人物、詩人、役者、学者などの有名な方々の名前や簡単な略歴などのデータベース。
ふじわらのももかわ《ふぢはらのももかは》
732(天平 4)
779(宝亀10)
◇奈良時代の廷臣。初名は雄田麻呂。藤原式家宇合(ウマカイ)の第
8子、広嗣(ヒロツグ)の弟。
770年称徳天皇の没後、道鏡(ドウキョウ)排斥運動を進め、吉備
真備(キビノマキビ)の反対を抑えて道鏡を追放し、北家の藤原永手
(ナガテ)らとともに光仁天皇を擁立。
773(宝亀 4)山部親王(桓武天皇)を皇太子に立てる。
藤原一族の勢力回復に貢献。
(*) 770(神護景雲 4