藤原 清衡
ふじわらのきよひら《ふぢはらのきよひら》
1056(天喜 4)
1128(大治 3. 7.13)
◇平安後期の陸奥の豪族。父藤原経清の死後、母(結有)が清原
武貞に再婚したので清原清衡ともいう。清原家衡の異父兄・安
倍頼良の外孫。
家衡と結んで清原家の正嫡である真衡と争った。真衡の死後
は後三年の役で源義家に味方して清原家衡・武衡を滅ぼし、陸
奥・出羽両国の押領使(オウリョウシ)となり、鎮守府将軍を兼ね、奥
州藤原氏の基を開いた。
平泉に中尊寺(チュウソンジ)を建立する。遺体は中尊寺金色堂に
現存。
(*)清原武貞は清原武則(タケノリ)の子。