蕗谷 虹児
ふきや こうじ
1898(明治31)
1979(昭和54)
◇挿絵画家。本名は一男。新潟県新発田市生れ。
1912、14歳のとき同郷の日本画尾竹竹坡(チクハ)に弟子入りす
るため上京。父の失職により帰郷し映画の絵看板を描いて生計
を立てる。地方記者の父を追って、1915(大正 4)樺太に渡り、
5年間放浪する。竹久夢二の紹介で「少女画報」に挿絵を描く。
「令女界」で活躍。
急性心不全により死去。
「きんらんどんすの帯しめながら」の『花嫁人形』を作詩。
妻竜子は松本かつぢの妹。
(*)1912(明治45