馮 玉祥
ふう ぎょくしょう《ふう ぎよくしやう》
1880(明治13)
1949(昭和24)
◇中華民国の軍閥政治家・西北軍閥の首領。Feng Yu-xiang。
クリスチャン・ゼネラルと呼ばれる。安徽(アンキ)省巣県の人。
李徳全はその妻。
軍閥安徽派の段祺瑞(ダン・キズイ)に従い、のち呉佩孚(ゴ・ハイフ)
の直隷(チョクレイ)派に接近、さらに1924年第2次奉直戦争では張
作霖(チョウ・サクリン)の奉天派と結んで北京でクーデタを断行。奉天
派は段祺瑞を擁して臨時政府を組織。のち奉天を攻めて失敗し、
1926年下野してソビエトを訪問。
帰国後、国民党に入って、蒋介石の北伐軍に呼応したが、や
がて蒋と対立。
日中戦争後、内戦反対を声明し反蒋介石運動を起したが失敗。
アメリカからの帰途に事故死。
(19)没年は1948。
(26)没年は1949。
◎日本読みでは「ひょう ぎょくしょう」とも。
◎クーデタの際、紫禁城に幽閉されていた宣統帝(溥儀)は脱出
し、日本の保護を受け、後に満州皇帝となる。