平賀 元義
ひらが もとよし
1800(寛政12. 7. 3)
1865(慶応元.12.28)
◇江戸後期の国学者・歌人。初名は直元・義元、通称は吾妹子
先生。備前国岡山藩の中老池田家の老臣平尾長春の嫡子に生れ、
21歳の時に家督を弟に譲り、興津(オキツ)氏(一時犬丸氏とも)称
した。
14歳の時に黒住教の祖黒住宗忠の講話に接し国学を志す。
1832(天保 3)弟が主家を捨てたので、彼も藩籍を脱して岡山を
離れ、以後平賀左衛門源元義と名乗り中国地方を流浪した。
◎黒住宗忠は岡山藩士に積極的に布教した。