左 甚五郎
ひだり じんごろう
1594(文禄 3)
1651(慶安 4)
◇江戸前期の建築・彫刻の名工。名は利勝、幼名は刀禰松(トネマツ)、
号は宗恵。播磨国明石(アカシ)生れ。父は足利義輝(ヨシテル)の家臣
伊丹左近尉(サコンノジョウ)正利。
父の死後、飛騨高山藩主金森可重(ヨシシゲ)の家臣で伯父の河
合忠左衛門のもとに寄寓。13歳のとき禁裏大工棟梁の遊左法橋
(ユサ・ホウキョウ)与平次に弟子入りする。
1619(元和 5)日光東照宮・芝の台徳院廟・上野寛永寺に棟梁
あるいは彫刻師として造営に加わる。
のち禁裏大工棟梁の法橋の官位を得る。
◎現存では日光東照宮の「眠り猫」が有名。