石谷 貞清
いしがや さだきよ
1594(文禄 3)
1672(寛文12)
◇江戸前期の江戸町奉行。初名は十蔵。石川清定の三男、母は
今川氏の家臣久嶋与平の娘。
1609(慶長14)徳川秀忠に十六歳で大番として出仕。大坂夏の
陣に従い300石。1618(元和 4)相摸国愛甲郡に200石加増。1637
(寛永14)島原の乱では板倉重昌の副使として出陣、負傷。1651
(慶安 4)江戸南町奉行・左近衛将監となる。同年、慶安の乱で
は丸橋忠弥(マルバシ・チュウヤ)を捕縛。1657(明暦 3. 1.)明暦の大火
の際、伝馬町牢屋敷の囚人を放った逸話は有名。
(2)没年は1672(寛文12)。
(16)没年は1673(延宝元)。