服部 嵐雪
はっとり らんせつ
1654(承応 3)
1707(宝永 4.10.13)
◇江戸中期の俳人。本名は治助(ハルスケ)、通称は孫之丞(マゴノリ゙ョ
ウ)のち彦兵衛、別号は嵐亭・雪中庵・玄峰堂・寒蓼堂(カンリョウド
ウ)・黄落庵(コウラクアン)。江戸湯島生れ。長い武家奉公を経て松尾
芭蕉の門に入り、宝井其角(キカク)とともに古参の高弟で蕉門の
桜桃と称された。蕉門十哲の一人、江戸雪門の祖。
◆嵐雪忌[旧暦10.13]。
日本全国の歴史人物、詩人、役者、学者などの有名な方々の名前や簡単な略歴などのデータベース。
はっとり らんせつ
1654(承応 3)
1707(宝永 4.10.13)
◇江戸中期の俳人。本名は治助(ハルスケ)、通称は孫之丞(マゴノリ゙ョ
ウ)のち彦兵衛、別号は嵐亭・雪中庵・玄峰堂・寒蓼堂(カンリョウド
ウ)・黄落庵(コウラクアン)。江戸湯島生れ。長い武家奉公を経て松尾
芭蕉の門に入り、宝井其角(キカク)とともに古参の高弟で蕉門の
桜桃と称された。蕉門十哲の一人、江戸雪門の祖。
◆嵐雪忌[旧暦10.13]。