秦 河勝
はたのかわかつ《はたのかはかつ》
生年不詳
没年不詳
◇飛鳥時代の山背国(山城国)の富豪・推古朝の官人。山城国葛
野(カドノ)の秦氏の後裔。
聖徳太子に仕え、冠位十二階の大仁位を与えられる。
603[推古11.11.]太子から仏像を受けて葛野郡(現:京都市太
秦<ウズマサ>)に蜂岡寺(現:広隆寺)を建てる。
644[皇極 3. 7.]富士川のほとりで大生部多が蚕(カイコ)に似
た虫を常世神(トコヨノカミ)として祀(マツ)らせ民衆を惑(マド)わせて
いたので、河勝はこれを討つ。
◎蜂岡寺の創建は聖徳太子の没後、 622[推古30]河勝の発願で
起工され、翌年に新羅の使者が伝えた仏像一具を安置したとも
いう。