畠山 満家
はたけやま みついえ
1372
1433(永享 5)
◇室町前期の武将。法名は真観寺殿真源道端。畠山基国(モトクニ)
の長子、持国・持富の父、満則(ミツノリ)の兄。
1399(応永 6)大内義弘の乱に活躍。
1406(応永13)基国の没後、満家は将軍足利義満に疎まれてい
たため、弟満則が家督を継ぐ。1408(応永15)義満が没すると、
家督を満則から受け継ぎ山城・紀伊・河内・越中の守護となる。
将軍足利義持の代に斯波義淳・細川満元・三宝院満済(マンサイ)
とともに幕政にあたり、1410(応永17)・1421(応永28)二度、管
領となる。
義持の死に際して満済と謀り、石清水八幡にくじを引き、青
蓮院義円(のちの義教)を擁立し将軍に迎える。
(*)1372(<南>建徳 3