支倉 常長
はせくら つねなが
1571(元亀 2)
1622(元和 8. 7. 7)
◇江戸前期の武将・仙台藩士。幼名は与市・六右衛門、洗礼名
はドン・フィリッポ・フランシスコ。山口常成の子、[2]伊達
政宗(ダイ・マサムネ)の家臣支倉時正の養子。
政宗の命を受け、1613(慶長18)通称交渉を目的に、イスパニ
アの宣教師ルイス・ソテロを正使に立て、自分は副使となり遣
欧使節として日本を出発。太平洋を横断し、メキシコ、イスパ
ニアを経てローマに至る。1614(慶長19)ローマ法王パウロ5世、
イスパニア国王フェリペ3世に謁見するが通称交渉は成功せず、
1620(元和 6)帰国。