徳川 斉朝
とくがわ なりとも
1793(寛政 5. 8.23)
1850(嘉永 3. 3.30)
◇江戸後期の尾張第10代藩主。一橋徳川家第3代当主治国(ハルク
ニ)の長男、父の弟斉敦の養子、第11代藩主斉温(ナリハル)の養父。
尾張第9代藩主宗睦(ムネチカ)の嗣子が相次いで他界し、支藩高
須(タカス)家から迎えた養子までも死去したため、宗睦の養子と
なり、宗睦の死により襲封。
日本全国の歴史人物、詩人、役者、学者などの有名な方々の名前や簡単な略歴などのデータベース。
とくがわ なりとも
1793(寛政 5. 8.23)
1850(嘉永 3. 3.30)
◇江戸後期の尾張第10代藩主。一橋徳川家第3代当主治国(ハルク
ニ)の長男、父の弟斉敦の養子、第11代藩主斉温(ナリハル)の養父。
尾張第9代藩主宗睦(ムネチカ)の嗣子が相次いで他界し、支藩高
須(タカス)家から迎えた養子までも死去したため、宗睦の養子と
なり、宗睦の死により襲封。